ネトウヨカトリック・サーディアのブログ

日本カトリック界隈をネトウヨするサーディアの記録

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【速報】松浦悟郎大阪補佐司教、名古屋司教に

カトリックにとって復活祭の前後は人事異動の季節なんです。

松浦司教、名古屋教区司教に

松浦悟郎大阪補佐司教といえば、
痴漢を電車で取り押さえたことで一般には有名ですが、
まぁ、名古屋のネトウヨカトリックの方々にとっては、
15年ぐらい冬の季節到来って感じですかね。
そんなこといったら東京もかなり寒いですけど。
これはあまり聞きたくなかったニュースです。

参考:松浦悟郎-wikipedia

察してください。

オイラたちはカトリック信徒であって憲法9条信徒じゃねぇんだよ

同日2:40ごろ追記:

【速報】名古屋司教に松浦司教-カトリック新聞

カトリック新聞が速報出してました。

司教協議会では、「日本カトリック正義と平和協議会」の担当司教を務めた(略)
また、日韓司教交流会の日本側窓口を務め、「憲法9条を世界の宝に・ピース9の会」の呼び掛け人になるなど、幅広い分野で活動している。

日本カトリック正平協は"ネトウヨ的に言えば悪名高い"カトリックの組織です。
その正平協のトップ(頭)の司教様です。
去年の日韓司教交流会では以下のようなことを、やらかしてます。
名古屋(ノД`)今後どうなってしまうのか
察して…ください(

絶対9条教徒が力をつけて、教会の静かな祈りを邪魔するよな
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[ 2015/03/30 00:10 ] カトリックの時事 | TB(0) | CM(2)

建前にしても雑過ぎる

羽生マスクに「日の丸」、ファン大盛り上がり
連盟は着用避けるよう通達、今回も「注意」行う
http://www.j-cast.com/2015/03/27231596.html?p=all

フィギュアスケートの羽生結弦選手のマスクに日の丸がついていたことで、
スケート連盟が羽生選手に「注意」をしたそうです。
「注意」の内容はダーイシュ自称「IS」などテロ組織の標的とならないようとか。

「注意」の建前にしても雑過ぎませんかね。
要するに右翼的だからスポーツに政治を持ちこむなみたいな、
変な「配慮」なんでしょうけど、本音は。

前の記事の東京大学の件もそうですけど、
国旗が正しく扱われるのを願うばかりです。
[ 2015/03/28 08:11 ] 時事のネトウヨ | TB(0) | CM(0)

国旗なしの国立大学

(゚д゚ )…。
イカれてますよ。
共産主義、学生運動、それらが日本に与えた傷の大きさを感じます。
戦争の傷跡ならぬ、戦後の傷跡とでも呼んでやりましょうかね。
いつ癒えるのでしょうか。
[ 2015/03/28 01:44 ] 時事のネトウヨ | TB(0) | CM(0)

【予告】書きたいこと・ネトウヨとは

ネトウヨを自称するオイラ、ネトウヨカトリックなわけですが、
ネトウヨってイメージ悪くねぇ? なんで自称すんの?
とか、まぁそういうこといわれることありまして、
あと在特会とか、あのへんを肯定するの?とか、
まぁ、自分の立場はこうですと言うと、質問疑問どんどん来ますね。

そのうち書きますよ。ええ、ゆっくり書いていきますんで、
気長にお待ちください。
ひとつ答えるなら、在特会とかファックですから。
理由は「目的で手段は正当化されない」以上。
[ 2015/03/25 20:56 ] ネトウヨの日常 | TB(0) | CM(0)

【詳報】菊地司教と信徒らの議論

事の発端は菊地司教の謎ツイート。
要するにwatchしてたらミスでツイートしてバレたってことですね。焦ったのか2回。
これだけなら笑って済ませられる案件なんですけど、
菊地司教がwatchしてた話題が話題だけにそうもいきません。
詳細は上の菊地司教のツイートの時間の部分をクリックすれば出ます。
興味のある方は、読まれるとよいでしょう。

簡単にまとめます。
発端は3/6の一念通天さんの軍関係者の生活さんへのツイート。
ここで紹介されている記事について書いたのが【詳報】若者たちの右傾化です。
カトリック信徒であっても、このようなイエズス会社会司牧センターの記事に
義憤を覚える者も少なからずいるということを、知ってほしくて先に片づけました。

さて、おそらく未信徒?(※カトリックでは信徒でない人をこう呼びます)の方々が、
カトリックって共産主義と協働してたりして臭いよなっていう話に、と、信徒よはねさんがからんでいったのが議論の始まりでしょう。

引用されている現代世界憲章をかみ砕けば、
無神論の共産主義者が、仮に喫緊の核戦争に反対するとして、
だからといってカトリック信徒が、逆にその核戦争に賛成するわけはなく、
共産主義者とカトリック信徒でも喫緊の核戦争反対のため協力・協働する。

核戦争のようにわかりやすい話ならば、
自分サーディアも共産主義者と共に反対活動をしますが、
日本における国旗国歌の扱いについてとか、
原子力発電を含めた国家の電力エネルギーのベストなあり方とか、
そういう議論の余地のある話題になってくるとです、
共産主義者と間違った目的のもとに共に反対したら、
何を共通項に共に反対、協力しているんですかって話になります。
無神論や共産主義を共通項にしてるんですか? カトリックが?
そんな宗教は偽物じゃんと、こういう意見も理解できます。

平時におけるカトリック信徒と共産主義者との協働など、
慎重に慎重を期して行われなければなりません。
誰の目から見ても正しい目的のための協働かどうか、慎重であるべきです。

率直に申せば、ネトウヨカトリック・サーディアは、
日本司教団は間違った目的に奉仕するために共産主義者たちと、
「正しい目的のためなら共産主義者とも協力する」などと誤魔化をし、
無神論的、共産主義的活動に援助・協力、
または参加しているのではと疑惑を持っています。

このような疑惑を持つカトリックの人たちのことを聖座忠誠派と、
即ち教皇(聖座)へ正しく忠誠を捧げるために、
日本司教団の活動を注視し、反聖座的活動に反対する、そう呼ぶこともあるそうです。
そういう意味でなら、ネトウヨカトリック・サーディアは、
聖座忠誠派カトリック信徒サーディア(仮名)です。

さて、話を議論に戻しましょう。
共産主義にかぶれてカトリックの本分を忘れてるように思われる信徒も
残念ながら少なからずいるようですから、軍関係者の生活さんの疑問も当然でしょう。
またわかりにくいお答えですね、司教様。
霊的指導の必要のないキリスト者はいない。誰もが霊的に不完全であるから。

でも、言葉通り過ぎる回答ではありませんか?
共産主義の影響を強く受けている信徒がいたら特に注視せねばならないのでは?
99匹の健康そうな羊と、1匹の弱った羊がいたら、
その弱った羊に特に注視しなければならないように。

「その上で」菊地司教様は仰います。
ある個人、ここではよはねさん、への個別の指導が必要なら、
司教様や司教様の協力者である司祭が奥の小さな部屋で1対1でヒッソリと、
本人の秘密も守られるようにやるべきであり、
外科手術を公開ショー・大道芸のように公の場でやらないように、
「私的領域」でやるべきで「公の場でのお答えにはそぐわない」。
司教として、ツイッターであれこれ言うべきでない話題です、と。
そういうことですよね? 違うのかもしれません、ここ大事なポイント

そうだとして、共産主義にかぶれた信徒が特に霊的指導を受けるべきかへの回答にはなっていません。
菊地司教様は軍関係者の生活さんの質問に実質回答していない
なので軍関係者の生活さん、ツッコミを入れます。
(゚д゚ )?
司教様、オイラ信徒になって日が浅いせいかわからないんですが、
共産主義への破門制裁は廃止された、それはいいです。
しかし問われたのは制裁措置ではなく
「(特別な霊的)指導はなされないのでしょうか」と問われたのでは?

「制裁」がなくなったので、

教導職は個人の内心の自由には介入しません

ちょっと意味がわかりません。
共産主義への傾倒、後述がありますが、即ち「宗教と相容れないもの」への傾倒、
それは「個人の内心の自由」ではないのでは?
自分サーディアには「自殺は個人の自由」と言っているのと同じに聞こえます。
希死念慮、自殺願望にとらわれている人間への「制裁」は廃止された。
良いことだと思いますよ。必要なのは「制裁」ではなく精神的治療や霊的指導でしょう。
しかし自殺は止めねばならないのでは? 隣人として止められる立場にあるならば。
「介入しない」のですか? 自分には理解できません。
生と死は相容れません。
宗教カトリックと共産主義は相容れません。理解できます。
カトリック信徒が共産主義に傾倒する。
宗教的に「自殺に傾倒する」のと何が違うのでしょう。理解できません。
そして自殺に傾倒する者を放置するのが正しいというのも理解できません。

以下、多少続きますが菊地司教は新しい事を述べておられず、
繰り返し聴衆に説明をなされている形なのでここでは紹介しません。

さて菊地司教へ、この文章をツイッターで@をつけて送ってみたいと思います。
自分サーディアは何を「誤解」しているのでしょうか。菊地司教へ回答を求めます。

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【祝日】神のお告げ

今日3/25は「神のお告げ」の祝日といいます。

12/25つまりクリスマスの9ヶ月前、
天使ガブリエルから聖母マリアが神のお告げを受けて、
聖霊によって、神の御独り子イエス・キリストはマリアの胎に宿られました。
そのことを記念する日です。

アヴェ、マリア。
主は貴女と共におられます。

天使ガブリエルが聖母マリアに挨拶した言葉。
主は受難の後、死んで復活し、今も我らと共におられるわけですが、
その御計画のこの世における具体的な始まりの記念日だといえるでしょう。

神のお告げの祝日おめでとうございます。
アヴェ、マリア!
国旗掲揚、国歌清聴、敬礼(゚д゚ )ゞ
[ 2015/03/25 11:54 ] カトリックの日常 | TB(0) | CM(4)

ワンダーコア

オイラはケチな方なんで、運動器具とか要らんでしょと。
腹筋でもしてろよって思ってたんですよ。
でも妻が妻の父におねだりして買ってもらって、
うちにきたんですよ、ワンダーコア。

気持ちいい(*´ω`)
ぐいーんって背伸びする感じと共に腹筋が鍛えられる。
外出があまり出来ないオイラにこそ必要なマシーンです。
オススメ。ちと値が張るけど。
[ 2015/03/24 13:20 ] 人間の日常 | TB(0) | CM(0)

聖週間にむけて

来週の日曜日3/29は枝の主日といい、
再来週の4/5の復活祭までの聖週間の始まりです。

枝の主日とは何なのかといえば、
イエスキリストがエルサレムに入城されるとき、
民衆が枝をふり、枝を地面にしいて迎えました。
それにちなんで棕櫚(シュロ)の枝をもって司祭をむかえます。
この枝は来年まで各々が持っておいて、
来年の灰の水曜日前に回収し、燃やした灰を使うのです。

来週ぐらいは政治やら世の中の話はやめにして、
カトリックやイエス様やマリア様の話をブログ記事にしましょうか?
せっかくの聖なる1週間なのですから。
心穏やかに、静かに、祈りの内に過ごしたいです。
[ 2015/03/23 18:27 ] カトリックの日常 | TB(0) | CM(0)

【詳報】若者たちの右傾化

 ※初めに
 この記事は前の速報記事に関連しています。菊池司教と信徒らとのツイッター上での議論の発端は、この記事の中心話題である「若者たちの右傾化」という文章です。

イエズス会といえば中学校の歴史の授業を思い出す方も多いのではないでしょうか。日本にキリスト教カトリックを初めて伝えた聖フランシスコ・ザビエル(日本の守護聖人)が創設メンバーの一人であった組織です。
イエズス会は今や世界的組織であり、ごく詳細な説明はwikipedia先生にゆずりますが、現教皇フランシスコもイエズス会出身で、およそキリスト教について少しは知っているという人ならば知っているであろう、とても有名な組織と言ってよいでしょう。
もちろんイエズス会は現代日本でも活動しています。イエズス会日本管区本部は東京麹町、上智大学に隣接している聖イグナチオ教会にあり、その本部には社会問題を専門的に扱うイエズス会社会司牧センターも置かれています。
その社会司牧センターは「わたしたちの意見・考え・報告」をネット上に掲載しています。
わたしたちはこう考える(イエズス会社会司牧センター)
  ※所属している、いち個人の意見なんて逃げは許されません。「わたしたちは」こう考える、なんですから。おかしいと思ったセンター員が強く反対すれば、ここには掲載されないでしょう。

その中の今回問題にしたい記事がこちら。
若者たちの右傾化 - 都知事選の結果から
タイムスタンプ:2014.02.12 著者:光延 一郎

去年ですね。直近の東京都知事選挙は2014/2/9に舛添要一氏が当選していますから、この記事は数日後に書かれネットにアップされたとみて間違いないでしょう。
記事の内容は…これはヒドい
しかも執筆しているのは上智大学神学部部長・イエズス会司祭であり、社会司牧センター所長、光延一郎神父。

自分サーディアにはキツい作業ですが内容を詳しく見ていきます。
神よ、どうか完遂できますように。聖霊きてください。アーメン✝



問題の文章は匿名のメールから始まります。

はなから大多数の老齢有権者を「情報弱者」と見下しています。
次に田母神候補を「バカウヨ芸人」と貶しています。
さらに若年有権者を「深刻な知能低下を懸念する必要がある」とまで貶めています。

このように他者を見下す精神はカトリックの精神でしょうか?
自分サーディアは「決して違う」と答えます。
教皇様はこのような態度をとれと仰っておられるでしょうか。
「老人や若者は社会の宝だ」と仰っておられたと記憶しています。

光延神父から紹介されている匿名のメール主は友人を紹介し、

最近の小学校教諭は学生運動を体験しておらず、社会への問題意識がないため、児童に考える力をつけさせるまともな教育ができない

その結果が田母神に投票する「バカウヨ」を生んだと結論づけています。
見下し、けなし、他者への敬意をここまで失えるものなのでしょうか。
自分サーディアはこのような文章に強い哀しみと懸念を覚えます。
光延神父はこの傲慢な匿名メール主らに何をなさっているのでしょう。

「20代の24%が田母神に投票した」ということに、私もショックと危機感を感じます。

同意しているだけですか?
自分サーディアなら何とかして彼らの魂が、
神に跪いて謙虚になるように祈りもし語りもする、そうしたいです。

都知事選の結果について語る2人の人の話から、
「こういう若者の右傾化」の具体例として、
話は光延神父の体験、主に若者のレポートのコピペにうつります。
その若者たちのレポートは各々が読まれると良いでしょう。

今回の主題は光延神父らイエズス会社会司牧センターです。

この学生は、南京大虐殺を肯定する誠実な歴史研究(少し専門的に調べればこちらの言い分が世界から正当性を得ているのは明白です)を全否定し、それを陰謀だとしています。

たとえを用いましょう。
初期教会はイエスキリストの復活、死者の復活を肯定し信じていました。
当時のギリシャ・ローマ「世界」は死者の復活などないと否定していました。
イエスキリストの遺骸が消えたのはキリスト者の陰謀で、盗んだのだと。
ユダヤ人もそう考えていました。
しかし、初期キリスト教徒の地下教会の少数の人々は復活は正しいと信じていました。
イエズス会司祭である光延神父はどう考えるでしょうか。
すくなくとも論理的(理性的)には「多数性・権威性は正当性を担保しません」。
光延神父は多数性・権威性の2つの論理的誤謬を犯してしまっているようです。

つまり、ネット右翼や現政権、およびそれに連なる政治家やメディア関係者(NHKなど)の表面的で煽動的な言説を盲信して、国粋主義的な狭い枠に閉じ込められているようです。そして、こうした言説の根底にある人権や人間の尊厳の軽視(思想・信条・良心の自由の否定、差別排外主義など)を受けいれてしまっています。こうした言説とキリスト教的な愛や真理の追究、開かれた精神との齟齬に気づいていません。

「感情の充填された語」、3つ目の誤謬です。

今の若者は、誰でもなんでも言えるネットやSNSにおいて頭の中でだけの自己膨張感にひたっていて、他者との生きた関係の中で(論破されたり、そこから反省したりという)思想を養う訓練が足りないように思います。その上、政治家の劣化など、社会の良心的規範がぼやけている、さらに不況で深く考える余裕がない…という悪循環です。このままいけば、本当に1930年代の再来は目の前のように思います。若者たちが、もっと平和をまっすぐ見つめるために、何が必要なのでしょう?

ではこの反論を光延神父とイエズス会社会司牧センターに捧げます。

教皇様は言っておられたと自分は記憶しています。
「ネットも現実」なのだと。ネットの世界に飛び出して地の果てまで宣教しなさいと。
ネットの世界が現実なら「生きた関係」を結ぶことも可能です。
ですから、この文章のURLをイエズス会社会司牧センターと光延神父あてに送ります。
公開反論文として。誠実な回答(「論破」や被論破や「反省」)を期待して。

イエズス会社会司牧センターと光延神父。貴方がたは、
隣人や自己の傲慢を放置し同意し膨張させている世間的通念(悪霊)と、
「キリスト教的な愛や真理の追究、開かれた精神との齟齬に気づいていません」。

イエズス会社会司牧センターと光延神父。貴方がたは、
基本的な論理的誤謬を回避する「訓練」ができていません。
4つ目の論理的誤謬は「早まった一般化」です。

イエズス会東京管区は何をしているのでしょうか。
社会司牧センターがこのような現状をネットに晒しているのを1年も放置した。
イエズス会東京管区の方々にも、
社会司牧センターの隣人として返答を求めます。

「もっと平和をまっすぐ見つめるために」
誠実、真摯な回答を期待しています。

(読者の皆様へ。ガチでこのURLを
これからイエズス会東京管区とイエズス会社会司牧センターに送ります)

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【印象操作】教皇様と日本司教団【解除】

ちょっと捨て置けない記事が、
かの朝日新聞から出ていましたので解説を。

ローマ法王「広島・長崎の経験とどめる努力に感謝」
ローマ=山尾有紀恵 2015年3月21日04時20分 朝日新聞

教皇フランシスコ聖下に日本司教団が面会しました。
教皇フランシスコ聖下は、

平和を主導し、70年前の第2次世界大戦の終わりに広島や長崎の人々が経験した計り知れない苦しみ(の記憶)を世界にとどめる努力に深く感謝します

と述べられました。
日本の教会へ、原爆の記憶を「世界にとどめる努力」に感謝を表明されました。
素晴らしい事です。聖下のお言葉にこそ感謝します。

司教団は2月、戦後70年にあたってメッセージを発表し、戦時下で起きた人道上の罪の歴史を否定する動きや集団的自衛権の行使容認を批判し、沖縄の基地問題にも懸念を表明。今回のバチカンへの定期訪問でも、その内容を説明するとしていた。

そうですか。
日本司教団の戦後70年メッセージは自分は読みましたが、
およそヒドいものだと思いました。それを聖下に説明しようとしたのですね。
構いません。教皇聖下はあんなものを評価しないでしょう。

記事は続きます。また教皇聖下は、

禁教令の時代に弾圧を受けながらも信仰を守った潜伏キリシタンや、日本にキリスト教を伝えたザビエルなどの宣教師を「日本のカトリックの歴史の柱だ」とたたえた

ありがたきしあわせ。
日本のカトリックの歴史の柱を我々日本の教会は大事にしたいと思います。
聖フランシスコザビエルをはじめとする宣教師たちから伝えられた教えを、
どんな苦難のときにあっても守ること、それが日本の教会の柱です。

記事は以上です、おつかれさまでした( ゚Д゚)ゞ

教皇聖下は
「旧日本軍の人道への罪」や
「いわゆる歴史修正主義」や
「集団的自衛権の行使容認」や
「沖縄の基地問題」などへは

何もおっしゃっておられないようです。

少なくとも記事には書いてありません。
オイラは、仰られなかったのだ、沈黙されたのだと解釈します。
以上、朝日新聞の印象操作解除のための、
ネトウヨカトリック・サーディアのブログ記事でした。

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[ 2015/03/21 12:13 ] 逆襲のネトウヨ | TB(0) | CM(0)
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文責:サーディア


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